※平成30年2月23日商標登録第6021231号登録済

2018年12月

受け入れたこと

皆様は
解離性同一性障害(DID)
という病気を
ご存知ですか?

多重人格症とも
呼ばれていた病気で

PTSDと共に
慢性・重症の
外傷性精神障害の代表と
考えられているものです。


私が以前
障害者年金を
受給していた病名は

実はこの
【解離性同一性障害】
でした。



私が幼い頃は

両親の喧嘩も
怒鳴り声も。

両親の顔色も涙も。

その他諸々
良いだけ見ました。


まだ幼かった私は
自分の心を守る術を
知りませんでしたので

自然と

これは
自分に起こっている
出来事ではないんだ。

と自己催眠をかけ
避けられない苦痛から
精神的避難を
することにより
事態を乗り切ろうと
しました。



しかしこれが
知らぬ間に習慣化し
成人期まで持ち越され

19歳の頃に
鬱病で通院したのが
きっかけで
後にDIDが
発覚しました。

たとえば
私の場合は

①孤独な基本人格
②慰めるお姉さん役
③痛みや悲しみの受容役
④天真爛漫な奔放な性格役
⑤甘えん坊の幼児役
⑥竹を割ったような性格役等

他にもありましたが
複数の人格状態を
持つことにより
その時々の危機を
軽減していました。

これが私の
発狂せず
生き抜く術だったのです。


そして
31歳現在。

両親との
関係はというと……

超絶良好です✨


私も障害は
全く支障ありません✨



発覚19歳~
起業年30歳迄。


父も母も私も。
家族全員我武者羅でした。


私だけでも

・鬱病
・不眠症
・過食症
・解離性同一性障害
・大学二校中退
・リストカット
・薬の大量服用
・入院
・パチンコ依存
・深夜に救急搬送等

挙げると
キリが有りませんが
ま~山盛りてんこ盛り笑


これに+αで
家族の人数分
ドラマがあるので
思い返すだけで
ゾッとします……笑


ですが……

両親や誰かを
恨むという事は
一度もありませんでした。

何故なら
恨んでもどうしようも
無いからです。


恨んでも
病気は治りません。
生まれ直せません。

とにかく私には
良いことが一つも
思いつかなかったんです。


この10年。

父は
自分自身と向き合い
血のにじむ様な
様々な努力を継続し
見せ続けてくれ
私に接してくれました。

母は
自分自身を責めながらも
私に寄り添い
父とも関係を再構築し
一緒に歩いてくれました。


また

起業直前には
父母娘の
人生初の家族喧嘩で
裁判所の調停を使うと
私が宣言するレベルの
大戦争が勃発。

奇跡的に
調停は回避されましたが
本当に泥沼でした笑


そして……
あの運命の日。


父母の
見せ続けてくれた姿勢。
経営者の祖父を
30年間見て学んだ事。
これまでの経験。
私の起業の決意。


これら
全てが交わった瞬間が
訪れました。

───────────

あぁ。

解離性同一性障害の
人格は全て私だ。

私を生かす為に
守ってくれていた
私なんだ。

私はこの障害を
負い目に感じること無く
全てを受け入れよう。

───────────

突然
この境地に
ふっと立つことが
出来ました。

それと同時に

頭?目?にあった
半透明フィルターが
一瞬で無くなり
目の前の景色は
綺麗に澄んで見え

頭の中で
点だった物事は
一気に
線に繋がりました。




若干表現が
オカルトチックで
すみません。

───────────

孤独を知る自分。

子どもの心と
目を持つ自分。

冷静で居られる自分。

痛みに
寄り添える自分。

耐えれる自分。

天真爛漫で
誰より楽しめる自分。

甘えられる自分。

家族と
家族になる事を
諦めず達成した自分。

───────────

障害は治療して
完治させたのでは無く
全て受け入れて
長所に変換。

その後すぐに
障害年金の停止手続き。

そうして
起業家の道を歩み
今があります。


この記事は
同じ転売グループで
前を向く一人の女性と

様々な葛藤と
今現在も向き合う誰かへ。

そして
私自身への
エール記事です。


心に穴が空いても。
孤独でも。
借金をしていても。
もうダメだと思っても。

今日も生きてるから
大丈夫。

生きてるだけで
丸儲けです。



負に飲まれそうになったら

【だから何?】

是非この魔法の言葉を
自分に唱えてみて下さい。

辛かった。は
もう過去です。

どん底だった。も
もう過去です。

後ろにも下にも
未来は無いです。

この先ずっと
何かに縛ら囚われるよりも

どうか
自分の人生を
色付かせ光輝かせてください。

何故隠す。

なんだろうなぁ……。


信仰は自由。


私は誰が何を
信じていても良いと思うし
その人に潤いが増すならば
全く構わないという主義。

ただ

・恩恵がある
・救われる

云々で
物を売るのは
違うと思う。


それとも
神様か仏様が

これを
持っている人には
いい事があるし
守られるから
ウン万ウン十万etc.で
商品を売って下さいと
お告げでもしたのか。



一度だけ。


起業直前に
行き先を告げられず
着いた場所が
宗教活動の場だったと
いう事があった。


合同成人式?の
DVDを見た後

ここは

・寄付の強制も無い。

・勧誘も無い。

・○○教の人の
亡くなった時の表情は
鬼の形相だったが
ここの人は
穏やかな顔だった。

・○○さんも会員だ。

・○○教の人は成功しない。

・ここと
出会ってから
見えない力で守られてる。

・変な人が
寄ってこなくなった。

・岩沢さんは病んでる。

・守って貰わなければ。

云々……

関係者だけで
やたら
盛り上がる会場。


まず。



そんなに
良いものならば
堂々と
行き先を教えて
連れて来るべき。


他の批判をして
自分達の所は
優れていると言われても
私には全く響かない。


勝手に会員の
個人名出すのはNG。


概要言わず
連れて来ている時点で
勧誘あり。


元々変な人は
滅多に寄ってこない。
実際来ても生身の人に
救われてきた。


仮に
寄付の強制は無くとも
ここに来た時点で
最初は○○が必要だと
さっき来たばかりで
数千円掛かる時点で不信感。



ただ
病んでるという点に関しては
確かになと納得した。

何故なら

この内部の
皆様から見れば
全く言葉が響かず

むしろ

うわっ……と思う
私の心は病んでいるのだから。

この方たちは
ここを拠り所とし
何かしら救われた方々。


そう思ってしまう
私はやはり
まだまだ
ひよっこぴーちゃんだ。



最後に。

寄付というのは善意。
本来強制は無い。

販売に関しても
○○になると
良い交換条件を付けたり
不安を植え付け売るのは
ビジネス。

信じるものは
個々に心の中にあり。

う~ん。
見れば見るほど
私は頑固者だ。

根性試し?エンドレス登山。

お久しぶりの
ブログ更新となりました。

ASDRoot岩沢です。

いよいよ
平成最後の師走突入ですね。


やる事山積み!
全然休めない!

という声も
良く耳にする様になりました。


ですが
哀しいかな……


忙しい~
忙しい~と思っていても
仕事は減りません。

きつい~
きつい~と思っていても
言う度日増しに
キツさの体感は
増します。

更には

四六時中
仕事をし続けても
考え続けても
集中力も低下し
思っている程進みません。

ここで
輪をかけて
何かしらのトラブル発生。

またひとつ
山が増えます。


まるで……


エンドレス登山。



あと少しで
山頂という時に
突如標高が増し
登れど登れど登頂不可能。

ひとつの山の
頂きに囚われ
いつまでも
次の山に向けない。


進まない……
山積み……

この原因のひとつは


いつの間にか
やりたい!から
やらなきゃ……!に
変化しているから。


上手く思考の転換が
出来なくなって
いるのです。


毎日身体には
食べ物で栄養を
取り入れていますが

自分の頭には
栄養を
与えていない状態が
続いています。


頭=身体=自分

であって

頭+身体=自分

では無いので


どんどん溜まる一方。


あれ?
=で繋がって
いないかも?と思う時は
是非当社にご連絡下さい。


一緒に


目の前にある中で
何が不要なのか。


または


飲み込めない想いを
マーライオンの如く
吐き出す。


そうして
本当は何が必要なのかを
導き出し心の余裕を生み
良い年の瀬を迎える
準備をしましょう。



一年間365日。
一日は24時間。

時間は有限。
命=時間。

時間の
勿体ないお化けには
出会いたくないものですね。

……勿体ないお化け。
分からない方多いかな?


ではでは。